Sep 16, 2009
スポーツクラブで運動をする動機
スポーツクラブのほとんどの施設は会員制で、通おしようとすると経費もかかる。運動自体はクラブに行かなくても外ジョギングすると十分な運動になるので、わざわざお金を出して運動しなくても良いものとする意見もある。しかし、運動を習慣化するには、どの程度の運動をすべきだと思う動機が必要である。元の運動をする意識が低い人は、自宅よりジムで運動するのがお金を出しているの刺激が運動しやすいのではないか。服が体にフィットし着ていても、リラックスした状態だとあまりにも気楽な感じですが、競技以外にも、若者などの繁華街着ているサッカーユニフォームは、運動時の適切な伸縮生地で縫製されているので、どのシーンに着用しても体は動いて安くて着てしまうと愛着が出てきて、そのサッカーのユニフォームがなかなか手放せなくなるかもしれません。
節電の夏で日よけにゴーヤーなどのつる性植物の活用が注目される中、京都府福知山市大江町の市役所大江支所が、ヘビウリを使った「みどりのカーテン」作りに取り組んでいる。1メートルを超す長い実がなるため「楽しく育てられる」といい、来夏は地域に広げる予定だ。
ゴーヤーと同じウリ科で白い花が咲く。5月に住民から提供された種を植え、ゴーヤーと一緒に支所の壁で育てたところ、幅6メートル、高さ4メートルに成長した。
市内では環境団体・福知山環境会議を中心にゴーヤーのカーテン作りが盛ん。発案した佐藤秀樹支所長は「今年できる種を配り来年はヘビウリのカーテンも進めたい」と話す。
実を手にした有仁小6年の眞下結衣さんは「すごく長くてびっくり。これで涼しくなったら楽しいかも」と笑顔を見せていた。
夏の甲子園第10日の15日、横浜は智弁学園(奈良)に4−9で逆転負けを喫した。バントと走塁の機動力で小刻みに点を重ねてリードを奪ったが、九回2死から智弁学園の猛攻で8点を失い、あと一歩で8強入りを逃した。三塁アルプス席は最後まで総立ちの応援で、試合終了後は選手に惜しみない拍手が送られた。【山下俊輔、前本麻有、鈴木理之】
▽3回戦
智弁学園 000001008=9
横浜 111010000=4
3点リードで迎えた九回表2死一、三塁。「あと一つ」。応援席は勝利を目前に盛り上がりを見せていた。だが、ここで智弁学園打線が目を覚ます。この回、横浜は先発・柳裕也投手(2年)から4人を継投させたが、7長短打を打たれ8失点。その裏、2安打で粘ったものの、横浜の夏が終わった。
静まり返るスタンドで、近藤健介捕手(3年)の父義男さん(51)は「勝利をつかみかけていた」と悔しさを残しながら、「選手は一球の怖さを知っている。責めることはできない」と健闘をたたえ、高橋亮謙選手(2年)の母淑子さん(44)も「弱いと言われながら勝負強く勝ち上がった。また甲子園で成長した姿を見せてほしい」と涙を浮かべた。
初戦は堅守・好打の持ち味で競り勝っただけに、試合前、野球部父母有志の代表、岩本守さん(46)は「横高らしく最後まで諦めない野球を見せて」とエールを送った。期待通り、一回に犠打や盗塁で先制。二、三回も犠打で送った走者を安打で還して1点ずつ刻み、アルプス席で黄色いメガホンが揺れた。
五回にも1点を加え、4−0と引き離した。だが六回に1点を返され、土壇場でリードを守り切れなかった。
近藤捕手は「後半から流れが相手に移った。投手は皆思い切り投げてきてくれた。横浜でプレーできたことに感謝したい」と集大成となる今大会を振り返り、柳投手は「上には上がいると知った。努力を重ね、来年また戻ってきたい」と、再び甲子園のマウンドに登ることを誓っていた。
◇プレー断念し応援
○…三塁側スタンドでは、学生服の応援指導部が太鼓を打ち鳴らして声援を送った。2年生の鈴木啓太さん=写真=は、野球部だった中学2年時に肘を負傷しプレーを断念。憧れていた涌井秀章投手(西武ライオンズ)の出身野球部を応援したくて入部した。暑い甲子園で耐えられるよう、この日までランニングで鍛えてきたという。「全国制覇を目指す選手を後押ししたい」と、他のメンバーとともに最後まで懸命に声を出し続けていた。
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■白球譜
◇我慢覚え成長できた−−乙坂智主将(3年)
「プロとして戻ってくる。だから、土は持って帰らない」。試合後のインタビューでは終始言葉少なで、途中までこらえていた涙もあふれ出した。
今春のセンバツの後、近藤健介捕手(3年)から主将を引き継ぎ、我慢を覚えた。元来の気性の激しさから、打てば喜び、打てなければ物に当たって「暴れた」。だが、自分に一喜一憂していては仲間の信頼は得られない。不振の時こそ気持ちを抑え、人一倍声を張り上げてきた。
横高に入ったからこそ、今の自分がある。勝負強さや俊足で中学時代から知られていたが、渡辺元智監督には、技術以上に選手として野球に向き合う心構えをたたき込まれた。「横浜に入っていなかったらレギュラーにもベンチにも入っていなかったから」と話す。
5点を追う九回裏、苦しい場面の打席でも笑顔を忘れなかった。「点差はあったが、楽しもうと決めていた」。監督を胴上げできなかった悔いは残るが、肉体的にも精神的にも成長できた3年間だった。神奈川大会決勝で敗れた昨年、先輩から言われたのと同じ言葉を今、後輩たちに言うつもりだ。「泣くのは今日までだ」と。【山下俊輔】
8月16日朝刊
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